信用金庫はなぜ債券を損切りする?バーゼルⅢ・金融庁の監督と金利上昇で銀行との差が広がる理由

日本銀行が2026年7月24日に公表した「2025年度の銀行・信用金庫決算」では、興味深い結果が示されました。

大手銀行・地域銀行・信用金庫のいずれも、円金利上昇を背景に基礎的な収益力を示す「コア業務純益」が増加しました。

ところが最終的な当期純利益を見ると、大手銀行と地域銀行は増益だった一方で、信用金庫は減益となっています。日本銀行によれば、すべての業態で円金利上昇を受けた債券売却損が利益を押し下げました。(日本ボート協会)

ここで疑問に思う人も多いでしょう。

「金利が上がれば銀行や信用金庫は儲かるのでは?」

「債券価格が下がっているなら売らずに満期まで持てばいいのでは?」

「なぜ信用金庫は、わざわざ損失を確定させて債券を売るの?」

実は信用金庫による債券売却には、単なる「損切り」だけでは説明できない事情があります。

そこには、金利上昇による運用環境の変化だけでなく、バーゼルⅢ、銀行勘定の金利リスク(IRRBB)、金融庁による早期警戒制度など、金融機関の健全性を守るための規制・監督も関係しています。

今回は、信用金庫がなぜ含み損を抱えた債券を売却するのか、そして金利上昇によって銀行と信用金庫の業績に差が生じる理由を分かりやすく解説します。

目次

金利上昇は本来、信用金庫にも追い風

まず押さえておきたいのは、金利上昇そのものが信用金庫にとって悪いわけではないことです。

銀行や信用金庫の基本的なビジネスは、預金などで集めた資金を企業や個人へ貸し出し、その金利差から利益を得ることです。

例えば、

預金金利が0.2%、貸出金利が1.5%なら、その差が金融機関の収益源になります。

金利が上昇すると預金金利も上昇しますが、貸出金利の上昇などによって資金利益が増えれば、金融機関の本業は改善します。

実際、2025年度は大手銀行・地域銀行・信用金庫のすべてでコア業務純益が増加しました。日本銀行は、円金利上昇などを背景に資金利益が増加したことを主な要因として挙げています。(日本ボート協会)

つまり、

「金利上昇で信用金庫の本業が悪化した」

わけではありません。

むしろ本業の収益環境は改善しています。

問題は、信用金庫がそれまでに保有していた「債券」です。

なぜ金利が上がると債券価格は下がるのか

信用金庫は預かった資金をすべて企業や個人へ貸し出しているわけではありません。

貸出に回らない資金については、

国債
地方債
社債
外国債券
投資信託

などで運用しています。

特に地域によっては、

「預金は集まるが、資金を借りたい企業が十分にない」

ということがあります。

そこで余った資金を有価証券で運用することになります。

ところが、長く続いた超低金利時代には国債などの利回りも非常に低い状態でした。

仮に信用金庫が利回り0.3%の長期国債を購入した後、市場金利が上昇し、新しく発行される国債の利回りが2%になったとしましょう。

投資家なら、

0.3%しか利息を受け取れない昔の国債より、2%受け取れる新しい国債を買いたい

と考えます。

そのため古い0.3%の国債は価格を下げなければ売れなくなります。

これが、

金利上昇→債券価格下落

という基本的な仕組みです。

債券は売らずに満期まで持てばいいのでは?

そこで出てくるのが、

「売らなければ損失は確定しないのでは?」

という疑問です。

確かにこれは間違いではありません。

例えば100億円で購入した国債の市場価格が90億円まで下落していても、その国債を売却しなければ10億円の売却損が確定するわけではありません。

信用問題のない国債を満期まで保有すれば、基本的には額面で償還されます。

それなら、

「満期まで持てばよい」

ようにも思えます。

しかし金融機関の場合、個人投資家のように、

「含み損だけど売らずに待っておこう」

だけでは済まない事情があります。

その一つが金利リスク管理です。

バーゼルⅢとは何か

信用金庫の債券運用を理解するうえで重要になるのが「バーゼルⅢ」です。

バーゼルⅢとは、世界的な金融危機などを踏まえて整備された、金融機関の健全性を高めるための国際的な金融規制の枠組みです。

日本でも段階的に導入され、内部モデルを採用しない国内基準金融機関については、2025年3月31日からバーゼルⅢ最終化後の規制が適用されています。金融庁は信用金庫についても関連する自己資本比率規制の告示を整備しています。(金融庁)

金融機関は、

「どれだけ利益を出しているか」

だけではなく、

「損失が発生しても経営を続けられるだけの自己資本があるか」

という健全性を求められます。

ただし、ここで注意したいことがあります。

「バーゼルⅢによって信用金庫は含み損の債券を売却しなければならない」

というルールがあるわけではありません。

より重要なのは、その先にある金利リスク管理です。

信用金庫の債券売却で重要な「IRRBB」とは

そこで登場するのが、

IRRBB(Interest Rate Risk in the Banking Book=銀行勘定の金利リスク)

です。

銀行や信用金庫は債券、貸出金、預金などさまざまな資産・負債を持っています。

金利が変化すると、それぞれの価値や収益が変化します。

例えば長期国債を大量に保有していれば、金利が大きく上昇した際に債券価格が大幅に下落する可能性があります。

こうした銀行勘定全体の金利変動リスクを把握する仕組みがIRRBBです

金融庁は2025年3月、バーゼル銀行監督委員会による「IRRBBに係る金利ショック水準の再調整」を受け、国内規制についても金利リスク計測に使用する金利ショック水準などを改正しました。(金融庁)

つまり金融機関は、

「債券を満期まで保有すれば損は出ない」

というだけではなく、

さらに金利が動いた場合、自分たちのバランスシートがどれだけ影響を受けるか

まで管理しなければならないのです。

なぜ長期債を大量に持っていると問題になるのか

債券は一般的に残存期間が長いほど、金利変動による価格への影響が大きくなります。

例えば、

短期債中心の金融機関

と、

10年・20年といった長期債を多く保有する金融機関

では、同じ1%の金利上昇でも受ける価格変動の大きさが違います。

超低金利時代に少しでも利回りを確保しようとして長い債券を購入していた金融機関ほど、金利正常化によって評価損が大きくなる可能性があります。

その場合、経営陣には、

「さらに金利が上昇しても大丈夫なのか」

「自己資本に対して金利リスクを取り過ぎていないか」

「現在の債券ポートフォリオを維持することが適切なのか」

という判断が求められます。

ここで債券売却という選択肢が出てきます。

信用金庫が含み損の債券を売却する3つの理由

信用金庫が債券を損切りする理由は、大きく3つに整理できます。

1.金利リスクを減らすため

一つ目は、将来さらに金利が上昇した場合のリスクを小さくすることです。

長期債を売却し、残存期間の短い債券などへ組み替えれば、金利変動に対するバランスシートの感応度を低下させることができます。

短期的には売却損が発生します。

しかし、

「これ以上金利上昇によるリスクを抱えない」

というリスク管理上の意味があります。

2.低利回り債券を高利回り資産へ入れ替えるため

二つ目は将来の収益改善です。

例えば100億円の資金を利回り0.3%で運用していれば、単純計算で年間利息は3,000万円です。

一方、金利上昇後により高い利回りで運用できれば、将来の利息収入を増やすことができます。

そこで、

低利回り債券を売却

売却損を計上

より高い利回りの債券などへ再投資

将来の資金利益を改善

という「ポートフォリオの再構築」を行います。

これは単純な損切りというより、

現在の利益を犠牲にして将来の収益力を高める

という経営判断です。

3.金融当局の監督下で健全性を高めるため

三つ目が今回の記事で重要なポイントです。

金融庁は金融機関が自己資本比率の最低水準を下回ってから初めて対応するわけではありません。

自己資本比率による「早期是正措置」の対象になっていない金融機関についても、収益性や信用リスク、市場リスク、流動性リスクなどをモニタリングし、早い段階で経営改善を促す「早期警戒制度」を設けています。(金融庁)

つまり金融機関は、

「自己資本比率をクリアしているから問題ない」

というわけではありません。

将来の金利変動を含めたリスク管理も監督上の重要なテーマになるのです。

金融庁が信用金庫の「有価証券評価損」を明確に問題視

この問題を考えるうえで非常に重要なのが、金融庁が2026年6月に公表した「早期警戒制度の見直し」です

金融庁はその中で、金利環境の変化によって、

特に信用金庫や信用組合で有価証券の評価損が拡大傾向にある

ことを明確に指摘しました。

さらに、人口動態や金利変動について定量的なシナリオを用い、地域金融機関の将来の収益性や健全性をより深く検証する方向を示しています。(金融庁)

これは非常に重要な変化です。

金融庁が、

「今いくら利益が出ているか」

だけではなく、

「今後さらに金利環境が変わった場合、その金融機関は健全性を維持できるのか」

をより重視していることを意味するからです。

「金融庁に言われたから債券を売った」と考えてよい?

ここは誤解しやすいところです。

金融庁が、

「この国債を100億円売却してください」

と個別の売買を直接指示している、という意味ではありません。

また、

バーゼルⅢ=債券の損切りを義務付ける規制

でもありません。

正確には、

金利上昇

債券の評価損拡大

金利リスクの増加

IRRBBなどでリスクを把握

金融庁も市場リスク・収益性・健全性をモニタリング

信用金庫自身が金利リスク削減策を検討

長期債売却・デュレーション短期化・資産入れ替え

という流れです。

したがって、

「監督当局との関係が債券売却の背景にある」

という説明は妥当ですが、

「金融庁やバーゼルⅢによって債券を売ることを強制されている」

と説明すると正確さを欠きます。

なぜ信用金庫は銀行より債券問題の影響を受けやすいのか

では、なぜ大手銀行より信用金庫で有価証券の評価損が注目されるのでしょうか。

背景にはビジネスモデルの違いがあります。

信用金庫は営業地域が限定され、主な貸出先も地域の中小企業や個人です。

人口減少や企業数の減少が進んでいる地域では、

「預金はたくさんあるのに貸出先が少ない」

という状況が生じることがあります。

その場合、貸出に回らなかった資金を有価証券で運用する必要があります。

そのため一部の信用金庫では、

預貸金ビジネスだけでなく、有価証券運用が経営に大きな影響を与える

ようになります。

一方、大手銀行には、

国内企業向け融資
海外融資
投資銀行業務
M&A関連ビジネス
資産運用
決済
カード
各種手数料収入

など多様な収益源があります。

そのため債券売却損が発生しても、他部門の利益によって吸収しやすいという違いがあります。

ただし、

「大手銀行は債券を売らない」

という意味ではありません。

2025年度は大手銀行、地域銀行、信用金庫のすべてで円金利上昇を受けた債券売却損が利益を押し下げています。(日本ボート協会)

重要なのは、同じ債券売却損でも金融機関全体の利益に与えるインパクトが違うということです。

信用金庫が債券を売るのは「業績が悪いから」とは限らない

ここまで見ると、信用金庫が多額の債券売却損を計上すると、

「運用に失敗した」

「経営状態が悪化している」

と思うかもしれません。

もちろん、過去の運用判断に問題がなかったのかを検証する必要はあります。

しかし、

債券売却損=経営悪化

と単純に判断するのも適切ではありません。

例えば、

100億円の低利回り債券を保有

金利上昇で10億円の含み損

90億円で売却して10億円の損失確定

残存期間の短い債券や高利回り資産へ再投資

というケースなら、その年度の利益は大きく悪化します。

しかし翌年度以降、

金利リスクが小さくなる
運用利回りが改善する
資金利益が増える

のであれば、中長期的には意味のある対応だった可能性があります。

したがって信用金庫を見る場合には、

「いくら損切りしたか」だけではなく、「損切りした後、どのようなポートフォリオになったか」

を見ることが重要です。

2025年度の信用金庫決算はどう見るべきか

この視点を持つと、2025年度の決算は非常に興味深く見えてきます。

日本銀行によれば、

コア業務純益は増加

本業の収益力は改善

一方、

債券売却損が発生

最終利益を押し下げ

という構図になっています。

実際、2025年度の当期純利益は大手銀行と地域銀行では増益だった一方、信用金庫は減益となりました。もっとも、金融機関の自己資本比率は規制水準を十分に上回っていると日本銀行は評価しています。(日本ボート協会)

したがって、

「信用金庫の減益=本業が悪化した」

とは必ずしも言えません。

むしろ、

超低金利時代に構築した有価証券ポートフォリオを、金利のある時代へ作り替えている途中

と見ることもできます。

信用金庫にとって金利上昇は「短期的な痛み」と「長期的な追い風」

金利上昇には信用金庫にとって二つの側面があります。

短期的には、

低利回り債券の価格下落
有価証券評価損の拡大
債券売却損の発生

というマイナス要因があります。

一方、中長期的には、

貸出金利上昇
預貸金利ざや改善
新規債券の利回り上昇
有価証券運用利回り改善

というプラスの効果が期待できます。

つまり現在は、

「低金利時代の負の遺産を処理するコスト」と「金利正常化による将来の収益改善」が同時に発生している時期

と考えることができます。

今後、信用金庫を見るなら「債券売却損」だけでは不十分

今後、信用金庫の経営を分析するときには当期純利益だけを見るのでは十分ではありません。

特に確認したいのは、

・コア業務純益
・資金利益
・預貸金利ざや
・債券関係損益
・有価証券評価損益
・保有債券の残存期間
・金利リスク量
・自己資本比率
・信用コスト

などです。

例えば債券売却によって今年度の利益が落ちていても、低利回りの長期債を整理して金利リスクを大幅に減らしているのであれば、将来の経営はむしろ安定する可能性があります。

逆に、債券を売却せず利益を維持していても、大きな評価損と金利リスクを抱え続けているのであれば、将来さらに金利が上昇したときに問題が表面化する可能性があります。

したがって、

「今年いくら儲かったか」ではなく、「金利上昇後のバランスシートをどのように作り直しているか」

を見ることが、これからの金融機関分析では重要になります。

まとめ|信用金庫の債券損切りはバーゼルⅢだけが理由ではない

信用金庫が金利上昇局面で含み損を抱えた債券を売却する背景には、複数の理由があります。

第一に、低金利時代に購入した低利回り債券を整理し、より高い利回りの資産へ入れ替えることで将来の収益力を改善するためです。

第二に、長期債などを削減して、将来さらに金利が上昇した場合の金利リスクを小さくするためです。

第三に、バーゼルⅢやIRRBB、金融庁の早期警戒制度などを背景として、金融機関自身が将来の健全性をより厳格に管理する必要があるためです。

ただし、

「バーゼルⅢが信用金庫に債券売却を義務付けている」

わけではありません。

より正確には、

金利上昇によって債券評価損と金利リスクが拡大し、監督当局もそのリスクを注視するなか、信用金庫が自主的なリスク管理として債券売却やデュレーション短期化を進めている

と考えるべきでしょう。

2026年6月には金融庁自身が、金利環境の変化を背景として信用金庫や信用組合の有価証券評価損が拡大傾向にあることを指摘し、早期警戒制度をより将来志向のものへ見直す方針を示しました。(金融庁)

そして2025年度には、信用金庫のコア業務純益は増加したものの、債券売却損などによって最終利益は減少しました。(日本ボート協会)

この二つを合わせて考えると、現在の信用金庫は、

「超低金利時代の資産構成」から「金利のある時代の資産構成」へ移行する過渡期

にあると言えそうです。

信用金庫の債券売却損を見る際には、単に「損失が増えた」と考えるのではなく、

なぜ売却したのか、その結果どれだけ金利リスクが減ったのか、そして将来の収益力がどれだけ改善するのか

まで確認することが大切です。

それでは、ありがとうございました!

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この記事を書いた人

金融・不動産・年金・リスク管理分野を専門とし、FP技能士1級、宅地建物取引士、管理業務主任者、貸金業務取扱主任者など多数の国家資格・金融資格を保有。

銀行業務検定では財務・法務・税務・年金・融資管理・金融リスクマネジメント等に合格し、近年はDX、生成AI、サイバーセキュリティ、サステナビリティ領域にも知見を広げている。

「難しい制度を、誰でも理解できる言葉で伝える」をテーマに、資産防衛・老後対策・金融リテラシー向上に関する情報発信を行っている。

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