「国債なら満期まで持っていれば額面で戻ってくるのに、なぜ信用金庫はわざわざ含み損のある債券を売却するの?」
金利上昇局面で金融機関の決算を見ると、「国債などの売却損」「債券関係損失」といった数字が目立つことがあります。
一見すると、含み損の国債を売却して損失を確定させるより、満期まで保有した方が良さそうに思えます。
しかし、信用金庫の有価証券運用では、単純に「満期まで持てば損をしない」とは言い切れません。
背景には、
- 金利上昇による債券価格の下落
- 将来さらに含み損が拡大するリスク
- 資産・負債を管理するALM
- 金利リスク(IRRBB)
- 自己資本に対するリスク量
- 将来の運用収益改善
- 金融庁・財務局によるモニタリング
などがあります。
今回は、信用金庫がなぜ含み損を抱えた国債をあえて損切りすることがあるのかを、金融機関の財務とリスク管理の視点からわかりやすく解説します。
金利が上がるとなぜ国債に含み損が発生する?

まず押さえておきたいのが、金利と債券価格は基本的に反対方向に動くという関係です。
例えば、信用金庫が以前、
「利回り0.5%の10年国債」
を購入していたとします。
その後、市場金利が上昇し、新しく発行される同程度の国債の利回りが2%になれば、投資家は当然、利回り2%の新しい国債を選びたくなります。
そこで既存の0.5%国債を市場で売るためには、価格を下げなければ買い手がつきにくくなります。
つまり、
市場金利上昇 → 既発債券価格下落 → 保有債券に含み損発生
という流れです。
しかも、一般的に残存期間の長い債券ほど金利変動に対する価格変動が大きくなります。
10年、20年、30年といった長期・超長期債を多く持っている金融機関ほど、急激な金利上昇の影響を受けやすいわけです。
では国債は満期まで持てばいいのでは?
ここで多くの人が疑問に感じるのが、
「国債なら満期まで持っていればいいのでは?」
という点です。
確かに、信用リスクなどを別にすれば、満期まで保有することで額面償還を受けられる債券もあります。
その意味では、単純な個人投資家の国債投資であれば「途中の価格変動を気にせず満期まで持つ」という考え方も可能でしょう。
しかし、金融機関の場合は事情が違います。
信用金庫は預金者から集めた大量の資金を、
- 企業・個人への融資
- 国債
- 地方債
- 社債
- 投資信託
- 外国債券
などで運用しています。
そのため、個別の国債だけではなく、資産と負債全体を見ながら金利リスクを管理する必要があります。
金融庁の中小・地域金融機関向け監督指針でも、信用金庫や信用組合について、預貸率が低い金融機関では余裕資金を有価証券で運用するケースがあることを踏まえ、有価証券価格の変動が経営に与える影響についてストレステストなどを行い、適切な対応策を講じているかを確認するとしています。(金融庁)
したがって、
「この国債を満期まで持てるか」ではなく、「この金利リスクを金融機関全体として持ち続けても問題ないか」
という視点が重要になります。
信用金庫が含み損の国債を損切りする5つの理由
それでは、なぜ信用金庫は含み損を抱えた債券を売却するのでしょうか。
1.これ以上の含み損拡大を防ぐため
最大の理由の一つが、金利リスクを小さくすることです。
例えば現在1億円の含み損が発生していても、さらに金利が上昇すれば2億円、3億円へと拡大する可能性があります。
特に残存期間の長い固定利付債券を大量に保有している場合、金利感応度が高くなります。
そこで、一部の債券を売却してポジションを縮小し、
「現在の損失を確定させる代わりに、将来さらに大きな損失になる可能性を減らす」
という判断が行われることがあります。
これは投資の失敗を認めるだけの行為ではなく、リスク管理の一つです。
2.低利回り債券を高利回り債券へ入れ替えるため
金利上昇は、金融機関にとって悪いことばかりではありません。
金利が上昇すると、新しく購入できる国債や社債の利回りも上昇します。
例えば、
旧国債:利回り0.3%
新国債:利回り2.0%
という環境になれば、低利回り債券を長期間持ち続けることには大きな機会損失があります。
そこで旧債券を売却して損失を計上しても、その資金を高利回り債券へ再投資すれば、将来の利息収入を増やすことができます。
いわゆる「ポートフォリオの入れ替え」です。
つまり損切りは、
過去の低金利資産を整理して、将来の収益力を改善するための投資
という側面も持っています。
3.ALMを改善するため
金融機関では「ALM(Asset Liability Management=資産・負債総合管理)」が非常に重要です。
例えば、
- 預金は比較的短期間で金利が上がる
- 貸出金は固定金利で長期間動かない
- 国債も長期固定金利
という資産・負債構成になっていると、金利上昇時に預金金利などの調達コストだけが先に上昇し、収益を圧迫する可能性があります。
そのため信用金庫は、
「固定金利資産をどの程度持つのか」
「長期債をどの程度保有するのか」
「変動金利資産をどの程度組み合わせるのか」
などを考えながら運用します。
含み損を抱えた長期国債を売却することも、このALM調整の一環と考えられます。
「IRRBB」が信用金庫の債券運用で重要
ここで重要になるのが**IRRBB(Interest Rate Risk in the Banking Book=銀行勘定の金利リスク)**です。
バーゼル銀行監督委員会はIRRBBについて、金利変動によって銀行勘定の資産・負債などの経済価値や収益が影響を受けるリスクとして位置付けています。過大な金利リスクは、銀行の資本や将来収益に重大な影響を及ぼす可能性があります。(Bank for International Settlements)
つまり金融機関は、
「現在いくら含み損があるか」
だけを見るのではありません。
金利がさらに上昇した場合に、
金融機関全体の経済価値がどれくらい変化するのか
まで測定します。
この代表的な指標が「ΔEVE(デルタEVE)」です。
長期固定金利の国債を大量に持っていれば、金利上昇時の経済価値低下が大きくなりやすいため、債券を売却してデュレーションを短縮することがリスク削減につながります。
バーゼルの枠組みでも、IRRBBについて経済価値と収益の双方から計測し、監視・管理することが求められています。(Bank for International Settlements)
含み損が増えると信用金庫の自己資本比率は下がる?
ここは特に誤解しやすい部分です。
「国債の含み損が増える」
↓
「純資産が減る」
↓
「自己資本比率がそのまま低下する」
と思われがちですが、必ずしもこのような単純な関係ではありません。
その他有価証券は、会計上、原則として時価評価され、評価差額は純資産の部などで処理されます。(ASB-J)
一方、金融庁資料によると、国内基準の自己資本比率規制では、その他有価証券評価差額金は利益・損失とも原則としてコア資本に勘案しない仕組みとなっています。(金融庁)
信用金庫について考える際には、ここが非常に重要です。
つまり、
国債に含み損が発生したからといって、その金額がそのまま規制上の自己資本から差し引かれるとは限らない
のです。
ただし、
「だから含み損はいくら増えても問題ない」
という意味ではありません。
金融庁の監督指針では、国内基準行について、有価証券の金利ショックによる価格変動リスクと「自己資本の余裕」との関係を見る際、含み損益も勘案するとされています。さらに、リスク資本管理でも「その他有価証券評価差額金による影響」を適切に考慮することが求められています。(金融庁)
したがって、
会計上の純資産
規制上の自己資本比率
実質的な資本余力
金利リスク
を分けて考える必要があります。
むしろ損切りすると自己資本が減ることもある
さらに興味深いのは、含み損のある「その他有価証券」を売却すると、その損失が実現損になることです。
金融商品会計基準でも、その他有価証券を期中に売却した場合、取得原価と売却価額との差額が売買損益として当期損益に含まれるとされています。(ASB-J)
例えば、
取得価格100億円
売却価格90億円
なら、単純化すれば10億円の売却損が発生します。
売却損によって当期利益が減り、最終的には利益剰余金の積み上がりにも影響します。
つまり、
損切り=自己資本比率を良くする
とも一概には言えません。
むしろ短期的には利益や自己資本にマイナスとなるケースがあります。
それでも売却するのは、
「現在の損失」と「将来抱え続ける金利リスク」を比較した結果
と考えると理解しやすいでしょう。
金融庁が「国債を損切りしなさい」と指示するの?
ここも慎重に考える必要があります。
金融庁が信用金庫に対して一律に、
「含み損の国債を売却しなさい」
と指示している、と理解するのは適切ではありません。
金融庁の監督で重視されるのは、
- 有価証券運用のリスク量
- 自己資本とのバランス
- ストレステスト
- 損失限度額
- 金利リスク
- 収益力
- 経営陣のリスク認識
- リスク管理態勢
などです。
現在の中小・地域金融機関向け監督指針でも、信用金庫・信用組合について、有価証券運用の状況に応じて市場リスク管理態勢を把握し、ストレステストや限度枠などが適切かを確認する考え方が示されています。(金融庁)
また金融庁は、地域銀行の有価証券運用について、リスクテイク規模の大きい金融機関を重点的にモニタリングし、運用態勢・リスク管理態勢・リスクガバナンスの高度化を促しています。ただし、同庁自身もモニタリングレポートについて「画一的な対応を求めるものではない」と説明しています。(金融庁)
したがって、
「金融庁に言われたから損切りする」
という単純な構図ではなく、
金融機関自身が自己資本・収益・金利リスクなどを踏まえて運用方針を判断し、そのリスク管理態勢を当局がモニタリングする
と考えた方が実態に近いでしょう。
なぜ信用金庫では有価証券運用が特に重要なのか
信用金庫の特徴として、地域によっては預金に対して貸出金が十分に伸びず、預貸率が低くなるケースがあります。
預金として集めた資金を融資だけで運用しきれなければ、その余裕資金を国債や地方債などの有価証券で運用する必要があります。
金融庁も、信用金庫・信用組合には制度的な営業地区などの枠組みがあり、地域経済の状況によって預貸率が低下し、余裕資金を積極的に有価証券へ投資するケースがあると指摘しています。(金融庁)
そのため信用金庫では、
貸出リスクだけではなく、有価証券運用の金利リスクが経営に大きな影響を与えることがある
のです。
金利上昇局面では、この点がより重要になります。
信用金庫の損切りを見るときは「売却損」だけを見ない
信用金庫の決算で多額の債券売却損が出ると、
「運用に失敗したのでは?」
と感じるかもしれません。
もちろん、過去の運用判断が適切だったのかを検証する必要はあります。
しかし、売却損だけを見て良し悪しを判断するのも適切ではありません。
重要なのは、
①いくら損切りしたか
②その結果どれだけ金利リスクが減ったか
③新しい債券の利回りはいくらか
④将来の利息収入がどれだけ増えるか
⑤自己資本に対するリスク量がどう変化したか
まで見ることです。
例えば100億円の低利回り債券を売却して5億円の損失を計上しても、その資金を高利回り資産へ入れ替え、数年間で収益を回復できるのであれば、中長期的には合理的な選択となる可能性があります。
一方で、損切りを繰り返しているにもかかわらず、新たな運用でも過大な金利リスクを取っているのであれば、運用方針そのものを検証する必要があります。
まとめ|信用金庫の国債損切りは「損を確定するだけ」ではない
信用金庫が含み損のある国債を損切りする理由は、単に「値下がりしたから売る」というものではありません。
金利が上昇すると国債価格は下落し、特に長期債では大きな含み損が発生することがあります。
そこで金融機関は、
損失を確定してでも金利リスクを減らすのか、それとも満期まで保有するのか
を判断することになります。
損切りには、
- 含み損のさらなる拡大を防ぐ
- デュレーションを短縮する
- ALMを改善する
- 高利回り債券へ入れ替える
- 将来の収益力を高める
- 自己資本に対する過大な金利リスクを抑える
といった目的があります。
また重要なのは、国内基準ではその他有価証券の含み損が、そのまま規制上の自己資本比率を直接押し下げるとは限らないことです。
しかし、金融庁の監督では含み損を含めた実質的な資本余力や金利リスクが重視されるため、含み損を放置してよいわけでもありません。
したがって信用金庫の債券損切りを見る際には、
「いくら損したのか」ではなく、「その損失と引き換えにどれだけ将来のリスクと収益構造を改善できたのか」
を見ることが大切です。
金利のある世界が戻ってきた今、信用金庫の経営では、貸出金利や預金金利だけでなく、こうした有価証券ポートフォリオの再構築がますます重要になっていくでしょう。
※本記事は金融制度・会計制度について一般的に解説したものであり、個別の信用金庫の財務状況や特定の有価証券売却の妥当性を評価するものではありません。実際の会計・自己資本比率への影響は、有価証券の保有目的、会計処理、適用する自己資本比率規制などによって異なります。

コメント