平安時代末期の1184年(寿永3年)創業とされ、840年以上もの歴史を持つ老舗旅館「源五郎屋(須嶋屋)」。
日本には数多くの老舗旅館がありますが、もし1184年から事業が継承されているとすれば、その歴史は鎌倉幕府が成立する以前までさかのぼることになります。
800年以上にわたって事業を続けることは、決して簡単ではありません。
戦乱、災害、疫病、景気変動、交通手段の変化、旅行スタイルの変化など、宿泊業を取り巻く環境は何度も大きく変わってきました。
さらに現在の旅館業界は、人手不足や物価高、光熱費の上昇、施設の老朽化、インバウンドへの対応など、新たな経営課題に直面しています。
それでも長い歴史を持つ旅館が生き残ることができるのはなぜなのでしょうか。
今回は、源五郎屋(須嶋屋)の代表取締役とされる須嶋秀彰氏に注目し、「湯守」「歴史」「自然」といったキーワードから、老舗旅館の経営理念や家訓がどのように経営へ生かされるのかを考察します。
源五郎屋(須嶋屋)とは?1184年創業なら840年以上の歴史

源五郎屋(須嶋屋)の最大の特徴として挙げられるのが、その長い歴史です。
1184年は平安時代末期。
源平合戦が繰り広げられていた時代であり、源頼朝による鎌倉幕府成立よりも前にあたります。
仮にこの時期から宿や湯場としての歴史が連続しているのであれば、840年以上にわたって地域とともに歩んできたことになります。
しかし、老舗企業を考えるうえで重要なのは「古いこと」そのものではありません。
重要なのは、
なぜ何百年も事業を継続できたのか
という点です。
その理由を考えていくと、現代企業にも通じる経営のヒントが見えてきます。
須嶋秀彰代表が受け継ぐ「湯守」という考え方
源五郎屋(須嶋屋)の経営を考えるうえで注目したいのが「湯守」という考え方です。
湯守とは、文字通り温泉を守る人のことです。
しかし、老舗旅館における湯守の役割は、単に温泉の設備を管理することだけではありません。
源泉を守る。
周辺の自然環境を守る。
宿を維持する。
地域の文化を次世代へ伝える。
そして訪れた宿泊客に、その土地ならではの体験を提供する。
こうした役割を総合したものが「湯守」と考えることができます。
ここには現代の経営学でいうサステナビリティ経営にも通じる考え方があります。
短期的な売上だけを追求するのではなく、次の世代も事業を続けられる状態を維持することを優先するわけです。
840年以上続く老舗旅館から考える「家訓」の意味
老舗企業を調べると、「家訓」「社是」「家業を守るための教え」が代々伝えられているケースがあります。
これらは昔ながらの精神論と思われがちですが、経営という観点から見ると非常に合理的です。
家訓は、会社にとっての「経営判断の基準」になるからです。
例えば、
「宿の歴史を守る」
「温泉を守る」
「自然を大切にする」
「お客様を大切にする」
という価値観が代々共有されていれば、経営者が交代しても会社の方向性が大きくぶれにくくなります。
840年以上続く企業に必要なのは、同じ経営者ではありません。
経営者が何十代と交代しても変わらない判断基準を持つこと
なのです。
これこそが家訓や企業理念の大きな役割ではないでしょうか。
経営戦略①「古さ」を弱点ではなくブランドに変える
一般的な旅館経営では、施設が古くなることは弱点になります。
新築ホテルと比較されれば、
「設備が古い」
「客室が古い」
「利便性が低い」
と評価される可能性があるからです。
しかし、何百年という歴史を持つ宿になると、この関係が逆転することがあります。
古さそのものが、
「歴史」「伝統」「本物」「ここでしか体験できない価値」
になるからです。
例えば、最新設備を備えたホテルは全国各地につくることができます。
しかし「800年以上続いてきた宿」という歴史は、お金を出して新しくつくることができません。
経営学的には、これは非常に強力な模倣困難性です。
競合企業が簡単にはコピーできない経営資源を持っているからです。
経営戦略②「秘湯」は大手ホテルと戦わないための差別化になる
もう一つ注目したいのが「秘湯」というポジショニングです。
宿泊業界には大手ホテルチェーンという強力な競合が存在します。
資金力、広告力、予約システム、会員制度などで真正面から競争すれば、小規模旅館が不利になることがあります。
そこで重要になるのが、
「大手と同じ土俵で戦わない」
という戦略です。
山あいの温泉、歴史ある建物、地域文化、昔ながらのおもてなし。
こうしたものを組み合わせれば、
「便利なホテル」
ではなく、
「わざわざそこまで行かなければ体験できない宿」
になります。
不便ささえも価値へ変えられる可能性があるのです。
経営戦略③「何を変えないか」と「何を変えるか」を分ける
老舗経営について最も重要なのが、
「伝統を守る=何も変えない」ではない
ということです。
何も変えなければ、時代から取り残されてしまいます。
一方ですべてを変えてしまえば、その宿らしさが失われます。
そこで必要になるのが、
変えてはいけないもの
- 温泉・源泉
- 歴史
- 自然環境
- おもてなしの精神
- 地域との関係
- 宿独自の物語
時代に合わせて変えるもの
- 予約方法
- キャッシュレス決済
- インターネット環境
- SNSによる情報発信
- インバウンド対応
- 業務効率化
- 顧客ニーズに合わせた宿泊プラン
という切り分けです。
つまり老舗経営とは、伝統を守り続ける経営というより、
「守るものを決めたうえで、それ以外を変え続ける経営」
と考えることができます。
「1184年創業」という歴史そのものが強力なマーケティングになる
現在の観光業界ではSNSや動画による情報発信が重要になっています。
その際、源五郎屋(須嶋屋)のような超老舗には大きな強みがあります。
それが「ストーリー」です。
例えば、
「平安時代末期から続く宿」
「840年以上受け継がれてきた温泉」
「何世代にもわたって湯を守ってきた一族」
という話には、それだけで人を引きつける力があります。
広告で「素晴らしい温泉です」と宣伝するよりも、
「800年以上守られてきた温泉です」
という物語のほうが、旅行者の記憶に残る可能性があります。
歴史そのものがブランドコンテンツになるわけです。
「湯守」の思想は現代のSDGs・ESGにもつながる
興味深いのは、昔ながらの「湯守」という考え方が、現代のサステナビリティ経営と非常によく似ていることです。
温泉は無限の経営資源ではありません。
周辺環境を壊したり、源泉を適切に管理できなくなったりすれば、宿そのものの価値が失われます。
だからこそ、
自然を守る
↓
温泉を守る
↓
宿を守る
↓
地域を守る
↓
次世代へ引き継ぐ
という長期的な視点が必要になります。
現代企業がSDGsやESGという言葉で取り組み始めた「持続可能性」を、老舗旅館は何百年も前から経験則として実践してきたとも考えられます。
源五郎屋の業績を考える際には注意も必要
一方で、「840年以上続いている=高収益企業」と考えるのは早計です。
非上場の旅館の場合、売上高、営業利益、客室稼働率、リピーター率などが一般に公表されていないことも珍しくありません。
したがって、
「高い利益率を実現している」
「リピーター率が高い」
「離職率が低い」
などについて、公表された具体的な数字が確認できない場合には断定すべきではありません。
むしろ注目すべきなのは、
「利益を最大化すること」と「事業を長く存続させること」は必ずしも同じではない
という点です。
840年以上という時間軸で考えれば、短期間に大きく儲けること以上に、
「無理をしない」
「借金を増やしすぎない」
「本業から離れない」
「自然資源を壊さない」
「次世代へ事業を渡す」
といった経営判断が重要だった可能性があります。
老舗旅館から学べる「長寿企業の5つの経営原則」
源五郎屋(須嶋屋)のような老舗旅館の歴史から、現代企業にも応用できる経営原則を考えることができます。
第一は、自社にしかない経営資源を守ることです。
第二は、価格競争ではなく独自価値で勝負すること。
第三は、家訓や理念によって経営判断の軸を明確にすること。
第四は、守るものと変えるものを明確に分けること。
そして第五は、短期的な利益より事業継続を優先することです。
これは旅館だけではありません。
中小企業や個人事業主の経営にも通じる考え方ではないでしょうか。
まとめ|源五郎屋(須嶋屋)が教えてくれる「800年企業」の経営とは
今回は、1184年創業とされる源五郎屋(須嶋屋)と須嶋秀彰代表を題材に、老舗旅館の経営理念や家訓、長寿経営について考察しました。
800年以上という時間軸で企業経営を見ると、現代の経営とは違った景色が見えてきます。
重要なのは、
売上を最大化することではなく、次の世代へ事業を渡せる状態をつくること。
そして、
何でも新しくするのではなく、自社にしかない価値を守りながら、時代に合わせるべき部分だけを変えること。
です。
もし須嶋秀彰氏が「湯守」として歴史や自然を重視する経営を続けているのであれば、その思想は単なる伝統尊重ではありません。
温泉、自然、歴史、地域文化という簡単には再現できない経営資源を次世代へ残す、極めて長期的な経営戦略と見ることもできます。
流行を追えば、一時的に売上を伸ばせるかもしれません。
しかし流行が終われば、競争力も失われます。
一方、840年以上という歴史は競合企業がお金で買うことのできない資産です。
「変わらないために、変わり続ける。」
源五郎屋(須嶋屋)の歴史を経営という視点から考えると、この言葉こそが老舗企業が長く生き残るための本質なのではないでしょうか。
それでは、ありがとうございました!

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