音楽ユニット「ヨルシカ」をめぐり、ライブ映像作品「ヨルシカ LIVE『盗作』」のプレミアム上映会で配布されるメモリアルチケットのサンプル画像に、生成AIが使われていたことが話題となりました。
問題となったのは、チケットそのものが生成AIで作られていたという話ではありません。
ヨルシカ側の説明によると、告知用画像を提供した業者が「SAMPLE」という文字を重ねる作業でAI機能を利用し、その過程で画像内の文字などが崩れてしまったということです。メモリアルチケット本体については、デザイナーによるオリジナルデザインで、生成AIで制作されたものではないと説明されています。(ITmedia)
一見すると「画像制作上の小さなミス」にも見えます。
しかし、企業経営という視点から見ると、今回の出来事には非常に重要な問題が隠れています。
それが、
「自社が知らないところで委託業者が生成AIを利用するリスク」
です。
生成AIは業務効率化につながる便利なツールですが、使い方を誤れば、情報漏えい、著作権問題、ブランドイメージ低下、修正コストなど、企業に金銭的な損失を与える可能性があります。
今回はファイナンシャルプランナー(FP)の立場から、ヨルシカのチケット画像問題をきっかけに、企業が考えておきたい「生成AIと委託先管理」について解説します。
ヨルシカのチケット画像で何が起きた?

今回の発端となったのは、2026年9月1日に告知された「ヨルシカ LIVE『盗作』」のプレミアム上映会です。
告知画像として掲載されたメモリアルチケットのサンプルにXの「AIで生成」ラベルが表示され、さらに画像内の文字に不自然な崩れが見つかったことで、「生成AIを使って作ったのではないか」といった声が上がりました。
その後、ヨルシカ公式Xが経緯を説明。
業者に確認したところ、サンプル画像に「SAMPLE」の文字を重ねる際にAI機能を利用していたことが分かったと報じられています。
その処理によって一部に文字化けなどが生じたものの、不備に気付かないまま告知に使用されてしまったということです。(ITmedia)
重要なのは、ヨルシカ側が
「メモリアルチケット自体はデザイナーによるオリジナルデザインであり、生成AIによって制作されたものではない」
と説明していることです。
したがって、「ヨルシカがチケットを生成AIで作った」と理解するのは正確ではありません。
今回考えるべきなのは、むしろ制作工程の一部で委託業者がAIを利用し、その結果を十分確認せず納品したことでしょう。
問題は「AIを使ったこと」だけではない
生成AIという言葉を見ると、
「AIを使うこと自体が悪いのか?」
という議論になりがちです。
しかし企業リスク管理の観点では、そこだけを見るべきではありません。
今回の事例から特に考えておきたいのが、次の4つです。
①委託先が何をしているのか企業側で把握できない
企業は広告制作、Web制作、システム開発、デザイン、動画編集など、さまざまな業務を外部企業へ委託しています。
これまでは、
「誰が作るのか」
「納期はいくらか」
「制作費はいくらか」
といった点を確認すれば十分だったかもしれません。
しかし生成AI時代には、
「どの工程でAIを使うのか」
まで確認する必要が出てきています。
経済産業省などが示すAI事業者ガイドラインでも、AIに関して安全性、プライバシー保護、セキュリティ、透明性、アカウンタビリティなどを考慮することが示されています。
また、コンテンツ制作では、取引関係にある他の事業者が適切なAI利用を行っているか確認することが望ましいとされています。(経済産業省)
つまり、自社では「生成AI禁止」としていても、外注先が利用していればリスクを完全には避けられないわけです。
②未公開データを生成AIへ入力するリスク
今回SNS上でも注目されたのが、
「元のデザインを生成AIに読み込ませたのではないか」
という点です。
実際にどのAIサービスへ、どのような方法でデータが入力されたのかまでは、報道だけでは確認できません。
したがって、今回のケースについて「情報漏えいが起きた」と断定することはできません。
しかし一般論としては重要な問題です。
例えば、
・発売前の商品画像
・新商品の企画書
・顧客情報
・契約書
・未公開の決算情報
・社内の機密資料
などを、会社が許可していない外部AIサービスへ入力すれば、企業の情報管理上の問題になる可能性があります。
生成AIを業務で利用する企業は、
「何を入力してよいか」
だけでなく、
「どの生成AIサービスなら利用してよいか」
までルール化することが重要になってくるでしょう。
③著作権・クリエイターとの契約問題
デザインやイラストなどのクリエイティブ分野では、もう一つ大きな問題があります。
それが著作権です。
文化庁は「AIと著作権に関する考え方」を公表しており、生成AIと著作権の関係について整理しています。
ただし、生成AIを利用したから直ちに著作権侵害になるわけではありません。
AIと著作権の問題については、利用目的や生成物、既存著作物との類似性など、個別具体的な事情を踏まえて判断する必要があります。文化庁もAIと著作権に関するチェックリストやガイダンスを公開しています。(文化庁)
企業としてさらに注意したいのが、
「他人が作った作品を勝手にAI処理してよいのか」
という問題です。
デザイナーが完成させた作品について、別の委託先がAIを使って加工すれば、契約内容によってはクリエイターとの信頼関係にも影響しかねません。
生成AI時代には、「成果物をどこまで加工してよいか」「AIへ入力してよいか」まで契約時に明確にする必要性が高まっていると考えられます。
④確認不足が企業の「お金の損失」につながる
ここがFPとして最も注目したいポイントです。
企業にとって生成AIの問題はIT部門だけの問題ではありません。
最終的にはお金の問題になるからです。
例えば納品された画像に問題があれば、
「修正費用」
「再制作費」
「広告の差し替え費用」
「社員の対応時間」
「問い合わせ対応」
「イベント運営への影響」
など、さまざまな追加コストが発生する可能性があります。
さらに深刻なのがブランド価値への影響です。
今回のヨルシカのケースでは公式側が比較的早く経緯を説明していますが、企業が説明を誤ったり問題を放置したりすれば、SNSなどを通じて批判が広がる可能性があります。
企業の「信用」は貸借対照表だけでは測れません。
しかし信用が低下すれば、
売上減少
顧客離れ
取引先離れ
採用への悪影響
広告宣伝費の増加
などを通じ、結果として企業価値に影響する可能性があります。
FPとしては、生成AIの利用を「便利か便利ではないか」だけで判断するのではなく、
期待できるコスト削減効果と、問題が起きた場合の損失額の両方を見る必要がある
と考えます。
「人間の確認」は生成AI時代ほど重要になる
今回のニュースでもう一つ興味深いのは、AIを使用したこと以上に、
「文字が崩れていることに気付かず、そのまま使用された」
という点です。
生成AIは非常に便利ですが、必ず正しい成果物を作るわけではありません。
文章なら事実と異なる内容を生成することがありますし、画像では文字や細かなデザインが意図せず変化することもあります。
だからこそ最後は、
人間が確認する
という工程が重要です。
これは金融業界にも共通します。
AIが作った融資資料、投資レポート、顧客説明資料などについても、
「AIが作ったから正しい」
とは限りません。
生成AIが普及するほど、むしろ人間によるチェック体制の価値が高まると考えた方がよいでしょう。
企業が今すぐ決めておきたい「生成AIルール」
今回の事例を踏まえると、企業は少なくとも以下について社内ルールや委託契約で整理しておきたいところです。
①利用可能な生成AIを決める
会社が認めたAIサービス以外を業務で使用しないルールを設けます。
②入力してはいけない情報を明確にする
顧客情報、個人情報、営業秘密、未公開資料、契約書などをどこまで入力できるのか明確にします。
③外注先にもAI利用ルールを適用する
社員だけAI利用を制限しても十分ではありません。
デザイン会社、広告代理店、システム会社などの外注先についても、AIを利用する場合は事前承認を求める仕組みを検討する必要があります。
④生成AIを使用した場合のチェック担当者を決める
画像、文章、動画、プログラムなどをAIで作った場合、誰が最終確認するのかを明確にします。
⑤問題発生時の責任範囲を契約書に明記する
AI利用によって情報漏えい、著作権問題、制作物の不備などが発生した場合に、どこまで委託会社が責任を負うのかも重要です。
生成AIは「使わない」のではなく「管理して使う」時代へ
今回のニュースを見て、
「やはり企業は生成AIを使わない方がいい」
と考えるのも極端でしょう。
生成AIには、文章作成、資料作成、デザイン補助、プログラミング、顧客対応など、企業の生産性を大きく改善できる可能性があります。
問題なのはAIそのものではなく、
「誰が、何の目的で、どのデータを使い、誰が確認するのかが決まっていない状態」
です。
経済産業省などのAI事業者ガイドラインも、AIを一律に禁止する考え方ではなく、リスクに応じた対応やガバナンスを重視しています。最新版として第1.2版が2026年3月31日に公表されています。(経済産業省)
これからは社員だけでなく、取引先や委託先まで含めた「AIガバナンス」が企業経営の重要なテーマになっていくでしょう。
まとめ
ヨルシカのメモリアルチケットをめぐる今回の問題では、チケット本体が生成AIで作られたわけではなく、委託業者が「SAMPLE」の文字を加える工程でAI機能を使い、画像の一部に不自然な変化が生じたと説明されています。(ITmedia)
しかし企業経営という視点では、大きな教訓があります。
それは、
「自社が生成AIを使っていなくても、委託先が使う可能性がある」
ということです。
生成AIの利用方法を誤れば、情報管理、著作権、契約、ブランドイメージなどさまざまなリスクが生まれ、それが最終的には修正費用や売上低下など企業のお金の問題につながる可能性があります。
これから企業に必要なのは「生成AIを使うか、使わないか」という二者択一ではありません。
「生成AIをどのようなルールで安全に使うか」
を考えることです。
そして社内だけでなく、業務委託先にもそのルールを共有し、納品物を人間が最終確認する仕組みを作る。
ヨルシカの今回のニュースは、生成AI時代の企業経営において「委託先管理」がこれまで以上に重要になることを示す事例の一つといえるでしょう。
※本記事は公開情報をもとに、企業のリスク管理についてFPの視点から一般的に解説したものです。個別の著作権・契約・法的責任については、弁護士などの専門家へご確認ください。

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